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韓国の小説家イ・ヨンドのファンブログ

【DR紹介記事】ドラゴンラージャのすすめ

#ドラゴンラージャ電子版復活ありがとう Advent Calendar 2023 企画の5日目に参加しています。企画の 朝からポテチ様 ありがとうございます!

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『涙を呑む鳥』《バード・ザット・ドリンクス・ティアーズ》日本版ヒット祈念 ドラゴンラージャ未読者向けのプレゼン

 

ドラゴンラージャのファンのみなさんも、まだファンじゃないみなさんも、ごきげんよう。初めまして、それともお久しぶりです、でしょうか?

来年2024年は、ついに十数年ぶり、作者イ・ヨンドの長編小説『눈물을 마시는 새涙を呑む鳥)』が日本で翻訳刊行される記念すべき年になりそうですね!

 

⇒※2023/12/27追記           

2024年中に、イ・ヨンド《バード・ザット・ドリンクス・ティアーズ》シリーズとして、ハヤカワ文庫FTより順次刊行予定との告知あり!

(※ソース:本の雑誌編集部『おすすめ文庫王国2024』(2023/12/6刊行)のハヤカワ文庫新刊予告より)

 

イ・ヨンド先生の十年ぶりの翻訳新刊をよろしくお願いします!!!!!!! 本当にお待ちしておりました!!!! ありがとうございます!!!! これで日本でもみんなに勧められる。飛び上がるぐらいうれしいです。うれしすぎてこのニュース見た直後に電柱にあやうくキスしかけました。人生で最高の瞬間かもしれない。

ちなみにこの告知についてX(旧Twitter)で大騒ぎしてたら、イ・ヨンドとほぼ専属で契約してる韓国の出版社の編集長に見つかり、ハヤカワでの『눈물을 마시는 새(通称:눈마새)』シリーズ日本語版刊行が、私のツイートを引用RTする形で公式に発表されました。その編集部公式告知ツイートは数千RTされ、韓国国内のファンの人たちの間で日本版出版のニュースが注目されているのがわかります。それにしても通知見たとき気が遠くなりましたね。原書の編集者と翻訳版の編集者(たぶん)にアカウントがバレた

 

そして、続シリーズの《血を呑む鳥(仮訳)》のほうも翻訳刊行されるよう祈っております!! みなさんぜひ買ったり友達におすすめしたりしてくださいね…DRFWの続き『影の痕跡』が翻訳されなかった悲しみをまた味わわないですむように…

                     

 

イ・ヨンド『涙を呑む鳥』《バード・ザット・ドリンクス・ティアーズ》、傑作長編ファンタジー小説をよろしくお願いします! 翻訳関係者の国際イベントの時点で各国話題沸騰! 十数か国での翻訳権取得、韓国文学史上最高額の版権料! 作者へのヨーロッパツアーの誘い(イ・ヨンド本人が断ったんですけど…)。本当にすごいですね! めでたい! すでにロシア版、イタリア版は1巻が刊行、ドイツ版、オランダ版1巻が来年春までに出版予定のようです。

イ・ヨンドが世界的作家になるまで秒読みですね。

ファンとしては、ようやくか、というのが正直なところ。私個人は、とっくにそれぐらい評価されてておかしくなかった作家だと思ってます。いやーしかし全世界で人気作家になってますますお金が入ってこれ以上寡作になったら困っちゃうな、先生新刊のお恵みをください。でもオタクが干からびるぎりぎりの瀬戸際で餌をくれる、そんなところも嫌いになれない。

脱線しました。

 

 

さて、そんな年の前年に、『ドラゴンラージャ』電子書籍の復活、すごくうれしいです。

なんなら『フューチャーウォーカー』も電子書籍刊行してくれていいんですよ、ええ。各プラットフォームで複数買いしますからね。

もちろんシリーズ最終作『影の痕跡』が翻訳されちゃったりしたら、うれしすぎて百冊ぐらい買うかもしれない。

 

私はドラゴンラージャのおかげで人生変わりました。

詐欺の広告みたいですが嘘じゃないです。

 

 

この刺さる人には徹底的に刺さるファンタジーと、子供のころに出会ってしまったせいで、私の人生は百八十度変わってしまった。

 

 

というわけで、ここから完全に新規の読者の方向け、ドラゴンラージャの簡単な紹介とおすすめをします。

 

来年以降、イ・ヨンドが超人気作家になった暁には、あわよくば、検索からこの紹介記事を読んで過去作ドラゴンラージャも読んでくれる人がいるといいなあ。もくろみが水の泡ににならないよう、出版社の方々、涙鳥の翻訳《バード・ザット・ドリンクス・ティアーズ》の刊行、よろしくお願いしますね!!!! お待ちしてます!!!!

 

bookwalker.jp

 

#『ドラゴンラージャ』

 

大切な人(※父)をドラゴンの人質にされ、取り戻すために旅立つ、少年主人公の胸躍る冒険譚。

魅力的で立体的、みなそれぞれに意思があり人生があり、敵であってもどこか愛すべきキャラクターたち。

多種族多国籍で構成された色とりどりの主人公パーティー

国家の存亡を揺るがす陰謀の数々、数百年の歴史をこえる謎と明かされる真実。

世界をかけた愛と滅び。

ファンタジー定番の旅物語、各地の個性的でリアリティのある情景描写、美味しそうな食べ物、美しい風景、そこで出会う個性的で生き生きとしたひとびと(※異種族を含む)…。

 

 

と、ド定番かつ直球のファンタジー小説

ひと昔〜二昔ぐらい前のライトノベルTRPGノベライズのファンタジーに触れたことのある人なら、懐かしささえ感じるかもしれません。

なぜなら、作者イ・ヨンドもその時代のTRPG小説や日本ライトノベル育ちだから…!

ちなみにメモライズをはじめ、多くの設定はダンジョンズ&ドラゴンズのオマージュであり、さらに源流に遡れば指輪物語の影響下でもあります。

つまりファンタジー好きは無条件でわくわくする単語がいっぱい。

ライトな読み口の本格ファンタジー小説が好きなら、絶対に読んだ方がいいです。

 

 

メインキャラクター紹介

パーティーに加わるメインのキャラクターだけ、ネタバレにならない程度に紹介しましょう。

 

主人公のフチ・ネドバルは、柔軟な思考と素直な感性、くそ度胸をあわせもった、おしゃべりで賢く、少々生意気なところのある少年。

かれは、小説の舞台となる大陸の辺境も辺境、ド田舎の村の出身であり、われわれ読者と同じく、この世界のことをほとんどなにも知らない立場から、一緒にこの未知なる世界への旅へと誘ってくれます。

基本的には、彼の成長譚、「行きて帰りし物語」というやつですね。皮肉っぽいが心優しい少年が、旅をへてどんな風に成長するのか、見届けてあげてください。

 

 

主人公と同じ村出身で、ともにドラゴンの身代金のために旅立ち、長い旅路のほとんどに同行するカール・ヘルタントサンソン・パーシバル

 

カールは、村にいたころからのフチの師であり、いつも穏やかな口調に皮肉っぽい本性を隠した、博覧強記で分野をとわない知識人。

あたかもルネサンスの「万能人」といったところ。

実は貴族の血を引いており、弓の名手でもあります。フチが非常に皮肉っぽく、かつ視野が広いのは、彼の薫陶を受けたおかげです。

 

サンソンは主人公フチと年の離れた幼馴染であり、気心の知れた悪友。

辺境の村の警備隊隊長をやっていただけあって、戦いには万能、戦術の素養があるため実は地理にも詳しい頼れる男。

単純な戦闘能力では作中随一かも。とてもまっすぐでいい男です。

 

 

ファンタジーには外せない、主人公パーティーの異種族メンバーには、エルフのイルリル・セレニアルドワーフエクセルハンド・アインデルフ

 

イルリルは美しい黒髪が特徴的な長身の女性で、D&D系統のエルフらしく、二刀流と弓、魔術、精霊術を巧みに使いわけ、動物と会話することもできます。

彼女は、人間とまったく異なる視点をもったエルフという「他者」として、ときに人間の常識からは大きく外れた行動をとり、フチと折に触れてさまざまな対話をし、彼の人間的成長に大きくかかわります。

 

エクセルハンドは斧使いで、老練で豪快なドワーフ

ドワーフらしく人間社会の権威などには無頓着、めんどうなしきたりにはとらわれません。どんな人物とも対等に話をします。

実はドラゴンに関する重大な使命を帯びて人間の街にやってきているのですが、初対面のときはそんなことはうかがわせず(それもドワーフらしいところ…)。

長く生きてきただけあって、人間たちにとっては伝説のような話を昔語りとして話してくれることも。

 

 

そのほかにも、女盗賊、元スパイ、元王子、聖職者、など個性豊かな面々がパーティーに加入したり、一時離脱したり。

 

敵対関係からパーティーに加入するのは、魔術師のアフナイデル、ナイトホーク(盗賊)のネリアと、元スパイのウンチャイ

 

アフナイデルは魔術師の青年。

魔法の実力はまだまだ低く、初登場シーンはあまりに小物らしいので笑ってしまいたくなりますが、ともに旅をするうち、いかにも専門職を目指す若者らしい等身大の苦悩にさいなまれていることが、だんだんわかってきます。

本来の性格は、意外と実直で学究肌。ちょっと気弱なところもあります。

挫折をきちんと受け入れて、旅の最中に大きく成長していく姿がまぶしいです。

 

ネリアは、RPGにおけるいわゆるシーフ職。

赤毛のショートカットと大きなトライデントがトレードマーク、自分の仕事に誇りをもって、ナイトホークと称しています。

気性が荒い真っ黒い馬、エボニーナイトホークを乗りこなすかっこいい一面も。

主人公フチに対しては姉御肌にふるまうことが多い彼女。その奥底にある、傷ついた心が、パーティーの面々との旅で次第にほどけていく様子は、非常にリアリティがあって魅力的です。

 

 

ウンチャイは敵国ジャイファンのスパイとして登場する、鋭い目つきが印象的な男性。

スパイだけあって流暢にバイサス語を操り、剣の実力はかなりのもので、故国の技術である殺気を操るなど戦闘力は一行のなかでも高いようです。

口調はたいてい冷たく、皮肉っぽいところがありますが、実は情が深い一面も。

彼はフチの言葉に影響を受けて、故国にとらわれず、自分の人生を生きてみようと決めます。

そこからの彼の人生の劇的な転換は、この小説のテーマにも大きくかかわってきます。

 

 

ルシオはフチたちの暮らすバイサス王国の元王子。

雄牛に乗って魔法剣をふりまわす、いかにもファンタジーのおとぎ話の主人公にいそうなキャラクターです。

破天荒すぎて王位を捨て、旅に出て冒険家をやっており、作中語られないものを含めて、多くの困難をくぐりぬけてきたよう。

経験豊かな旅人であり、一行に旅についてさまざまな助言をすることも。

彼の相棒の魔法剣・プリムブレードがくせもので、すごくおしゃべりな少女の人格が宿っており、つかを握っていないと振動で文句を言い続けたり、キルシオンの発言をしばしばおかしなふうに捻じ曲げたり、邪魔したりします。かまってちゃんでかわいい。

ルシオンは自ら野に下りながらも、元王子らしい正義感や国家への責任感をいまでも持ちつづけており、それはやがて、複数のキャラクターの行く末に大きな影響を及ぼします。

 

隣国イルス公国に旅した際にパーティーに加入するのは、若きプリーストのジェレイント

常にほがらかでニコニコしており、ちょっと天然っぽいところも。

聖職者としての実力は折り紙付きで、神力でパーティーを後方から支えます。

わりとシリアスに落ち込みがちな面々の多い一行の中では、随一のムードメーカー。

楽天家なのは生来の性格もありますが、神をひたすらに信仰する聖職者だからというのも大きいよう。

いつも人生を楽しんでおり、苦悩なんかなさそうな彼からかいまみえる、聖職者としての姿勢は、彼がけっして能天気なだけではない青年であることがわかります。

 

 

 

 

 

旅が進むにつれ、主人公たちが住むバイサスという国家について、そしてドラゴンについて、徐々に壮大な秘密が明かされていきます。

 

バイサスはどういう成り立ちをもっているのか。

そもそもの始まりからドラゴンと密接にかかわっていた、バイサス王国。

隠された歴史、埋もれた愛、時をこえて交錯し相克する人々の夢、欺瞞、挫折。


―そもそも「ドラゴンラージャ」とはなんなのか?

その答えが明かされるとき、この物語は原点にたちもどり、幕を閉じるのです。

 

 

 

 

ドラゴンラージャと私


ドラゴンラージャと出会ったとき、私は小学生でした。

12巻は発刊直後に読んだので、一応リアルタイム読者といっていいと思います。

ドラゴンラージャに出会ってからかれこれ15年以上の年月がたってるのを直視すると気が遠くなりますね…。

人生のほとんどをイ・ヨンドとともに過ごしています。こわい。
当時、お小遣いをもらうたびに、お小遣い全額の千円札を握りしめて本屋に通ったのを今でも覚えています。今考えると物価が上がりましたね……。

 


今でも「死んでみよう」とか、「そんなくだらない本を読んで」とか、「本を読め、本を」とか、ウィットに富んださまざまなセリフが頭の中によぎる瞬間があります。


なにより、この本に通底しているテーマには、私自身、大きな影響を受けてきました。

人生の指針になっているといっても過言ではありません。

 

「われわれは単数ではない」、人間は多面的で複雑、よくも悪くも変化しつづけるのであり、他者との相互的な交流のなかで生きているのだ、という、この繰り返される言葉は、私の人間観を決定的に形作りました。

 

「理想をかかげられない社会変革になんの意味もない」というカールの教えはいまも私の中に息づいています。

 

この本がなかった人生は本当に考えられない。

 

まだ読んでない人には読んでほしい。子どものころに読んだ人も、大人になってから読んだ人も、折に触れて、何度でも読んでほしい本です。

 

 


それから、DR読み終わった方は続編の『フューチャーウォーカー』も読んでくださいね!! 新品は入手困難ぎみですが、図書館か古本でぜひ。

 

ものは腐らず、作物は実らず、子は生まれず、伝説の化け物がよみがえる。

それは、未来がおとずれず、過去が現在に追いついてしまうという世界の危機。

未来がやってこないという異変を察知した、〈フューチャーウォーカー・未来を歩く者〉、ミ・V・グラシエルは、異変の原因を探るため、草原の国、ヘゲモニアの小さな村から旅立ちます。

未来を見る巫女とその妹を主軸に、ドラゴンラージャの登場人物たちもたくさん登場する群像劇。

フューチャーウォーカーはかなり暗い話で、DRより人を選ぶ話なのは否定できないんですが、できれば読んでほしい…。そしてイ・ヨンドが地獄の三角関係が好きに違いないという私の仮説を確かめてほしい……

 

【書評】『フランケンシュタイン』の極めて現代的で洗練されたパロディ ― イ・ヨンド「キメラ」

 短編「キメラ」(1999)は、1997年に『ドラゴンラージャ』をパソコン通信上で連載して好評を得たイ・ヨンドが、雑誌「ベストセラー」で発表した、『ドラゴンラージャ』の外伝小説の二作目である(一作目は「ゴーレム」(1998))。時系列としては、1998年に『ドラゴンラージャ』全巻が出版されたのち、同年に続編である『フューチャーウォーカー』をパソコン通信で連載している途中で、一作目「ゴーレム」が雑誌「ベストセラー」に掲載。その後、『フューチャーウォーカー』の出版前後に「キメラ」発表となるようだ。

 一作目「ゴーレム」に登場するのは、ドラゴンラージャ(以下DR)のストーリー全体に大きな影響を与える偉大な魔術師ハンドレイクと、DRでは間接的に言及されるのみにとどまった彼の弟子ソロチャー、そして彼らの研究室をよく訪ねてくるらしい、バイサスの王女ホルスルインの三人だ。時系列を考えれば、彼ら三人の実像が初めてお披露目された話ということになる。(DR内でも”生前の”ハンドレイクについて言及される箇所はいくつもあるが、それらは常に作中の登場人物によって語られた物語という形式をとっており、そこに描かれた彼の姿が事実だとは明言されていない)

 「キメラ」も、引き続き彼ら三人だけが登場する。「ゴーレム」「キメラ」を含む三作をまとめるシリーズ名に「ある研究室の風景」との名がつけられている通り、物語は最初から最後までハンドレイクの王宮内魔法研究室だけで進行する。キャラクターの数も少なく、舞台となる場所も限定された、こじんまりとした短編だが、イ・ヨンドの手にかかれば信じがたいほどの立体感で物語が立ち上がってくる。

 

 「キメラ」では、ハンドレイクとソロチャーは”完璧で新しい生命の創造”を口実に部屋の大掃除で出たごみを釜につっこんでいる最中、偶然にも生命を誕生させてしまう。そうして生まれた人工生命”キメラ”は、つがいを作ることを創造者たちに要求して、通らないとみると部屋を破壊して二人を脅迫する。この「作られてしまった人工の怪物がつがいを要求して、作り出した者を脅しはじめる」という冒頭だけでも、メアリ・シェリーの小説『フランケンシュタイン』のパロディになっているのがわかるだろう。しかしこのイ・ヨンド流『フランケンシュタイン』は、パロディの仕方も、実にアイロニーに満ちている。

 そもそも、キメラの誕生の経緯が、ハンドレイク(とソロチャー)は大掃除で出たゴミを魔法の釜に放りこんだだけであって、キメラ(=『フランケンシュタイン』の”怪物”)を創造する気などさらさらなく、偶然に誕生してしまったというところからして、気が利いている。キリスト教の理念がいまだ力を持っていた頃のイギリスで書かれた『フランケンシュタイン』において、生命創造というわざは神にしか成し得ないものであって、人の身でそれを成し遂げてしまったフランケンシュタインは罰として報いを受けることになる。しかし、イ・ヨンドの書く「ドラゴンラージャ」の世界では、人工の生命というものは(魔術師の実験室であれば)、まったく偶然に、意味もなく誕生してしまう程度の存在だ。そこには神の意志も介在しなければ、親である作成者の意図すらもない。これは、非キリスト教文化圏で、科学の洗礼を受けた現代日本や韓国を生きる私たちが、私たち人間そのものの誕生に対して抱くイメージそのものといってもいいだろう。

 『フランケンシュタイン』と同じく、人造の怪物はひどく醜いが、その材料は前述した通り粗大ゴミの集合体でしかなく、どこかおかしみがあるし、それを作り出したハンドレイクとソロチャーも、一瞬驚いて抱き合ったものの、そのあとは研究者らしく実験対象を観察し、分析をはじめる始末であって、フランケンシュタイン氏のように恐ろしさで気を失ってしまったりはしない。つがいを求める理由も全く違う。排斥された孤独を癒す存在を求めた怪物に対して、キメラは、自身の存在を完璧だと信じるからこそ、同じ種族を繁殖させ、増やすことを望む。悲壮感や恐ろしさというものが徹底して脱臭され、滑稽さやおかしみに置き換えられていることもわかるだろう。

 『フランケンシュタイン』において怪物がフランケンシュタインを”創造主”と呼ぶのは、キリスト教の神=”創造主”からであり、明らかに『失楽園』における、アダムとアダムを作った神の関係性を意識したものだ。しかし、同じく”創造主”という呼称で呼びかけられるハンドレイクやソロチャーと、その被造物であるキメラの関係性は、それらのパロディではあっても、原型をほとんどとどめていない。

 『フランケンシュタイン』と、その作者シェリーが影響を受けていたといわれるミルトン『失楽園』に共通するキリスト教のモチーフは、ここで完全に解体されている。<生命の誕生>や<創造主と被造物>は現代のキリスト教においても重要な概念だが、イ・ヨンドはその文脈から離れ、むしろ、意識的に皮肉っているようにも見える。 (また、”創造主”が独身男性二人であることも、キリスト教の文脈を考えれば皮肉と解釈しうるだろう)

 そしてそれはこの作品の本編となる『ドラゴンラージャ』でも同じだ。特定の作品のパロディではないが、イ・ヨンドは明らかに西洋ファンタジーや、その遠い源流である中世ロマンス物――特に「アーサー王伝説」を意識してパロディした上で、読者の固定観念や、枠組みそのものを解体している。それについてはまた別の機会に説明したい。

 

 

  さて、ここまでが冒頭のプロットだが、ここで物語は『フランケンシュタイン』から離れ、イ・ヨンドらしい予想外な展開へと向かう。

 ハンドレイクとソロチャーは、キメラの脅しに関して、一つの疑問に行き当たる――子を成すためのつがいを作るには、キメラの性別を知る必要があるが、全く新しい新種の生命が生まれたとき、どうすればそれが雌か雄かわかるというのか? キリスト教の人間誕生のイメージ(※初めに男であるアダムが作られ、その肋骨から女が作られた)から一度離れてみれば、フェミニズムが(ある程度)浸透し、「男性」を標準とする考えが徐々になくなりつつある現代において、この疑問はきわめて妥当なものといえるだろう。

 このあとのあらすじについては簡潔にまとめよう。キメラの性別は何かという疑問は「キメラは男性だろう」というホルスルイン王女の鶴の一声によって一応の決着をみるのだが、ホルスルイン王女はその理由を明かさないため、今度は女とは何か、男とは何かという定義論に彼らの関心は向かう。しかしハンドレイクとキメラの対話はやがて女性への愚痴と堕し、結論が出ないまま、キメラは女を絶滅させようと決意する。そこに再びやってきたホルスルイン王女が「小娘みたい」とキメラに言うと、キメラは自壊してしまう。

 ここで直接カリカチュアされているのはおもに男性の、性別(ジェンダー)にまつわる偏見や固定観念の強固さと読むことができるだろう。つまるところ、男性らしさ/女性らしさは裏表の関係にあり、単体では意味をなさない。だからこそ、男性同士のコミュニティにおいては一般に女性的なもの=非男性的なものを排除したり支配することで、自分たちの〈男らしさ〉に拠る絆をより堅固なものにしようとするといわれる。ハンドレイクが、男性とみなしたキメラに、女性についての愚痴を言うのも、それが男性同士の絆を深めるには有効な手段であるからと考えられる。しかしその(社会的)女性性の排除によってつくりあげられた〈男らしさ〉は、ひどく脆いものである。自らの〈男性性〉に強固にとらわれ、その表現のために女性の排除こそを自分自身の存在意義と定義してしまったキメラは、自分自身が〈女性的〉だという指摘に自己矛盾を起こし、自ら崩壊してしまう(生まれたばかりのキメラは、〈男らしさ〉というものすら小一時間前までは知らなかっただろうに!)

 しかし当然のことながら、イ・ヨンドが標的にしているのはべつに男性性/女性性のみではない。いわゆる二項対立的な概念自体にひそむ相対性をあばき、内部から自壊させようとしている。これは、「ある研究室の風景」三編を通して読んだときにわかりやすく浮かび上がってくるテーマであり、とりわけ最終編である「幸福の源」では明確に描写されている。

 さいわいシリーズはどれも小規模な短編であるので、この三編はいっきに読んでしまうことをおすすめしたい。

【翻訳】韓国ファンタジー小説の巨匠、イ・ヨンド 十年ぶりの帰還

2017.12.22

韓国のファンタジー小説の巨匠、イ・ヨンド
2018年長編小説『オーバー・ザ・チョイス』を手に戻ってくる!

 

 

『ドラゴンラージャ』のイヨンド、10年ぶりに新作小説『オーバー・ザ・チョイス』発表予定
近年の韓国の主要な社会問題をファンタジー小説に密に盛り込んだ力作 

 

 


『ドラゴンラージャ』で韓国、日本、台湾、中国などにおいて200万部以上を売り上げた代表的なファンタジー小説家イ・ヨンドが、長い沈黙を破り、ついに新作長編小説を発表する。新作『オーバー・ザ・チョイス』は、イ・ヨンド氏の短編小説の中でも最も人気の高い『オーバー・ザ・ホライゾン』の世界観を受け継ぐ原稿用紙1900枚の長編小説で、小さな町の保安官補ティール・ストライクと彼のまわりで繰り広げられる奇想天外な話を、イ・ヨンド氏特有の緻密な構成とユーモラスな描写、興味深いキャラクターと吸引力のある展開でえがく。

 

作品が出るたび、その強烈な主題意識で読者の注目を集める著者は、今回「大切な人を失った人々」「環境破壊がもたらす災害」「恐ろしい自然災害」など、近年韓国社会で大きく取り沙汰されたテーマをファンタジー世界の中に密に反映している。

 

イ・ヨンド氏は1998年に出版された『ドラゴンラージャ』で売上100万部を記録し、名実ともに韓国のファンタジー文学の全盛期を代表する作家として、2008年までに5本の長編小説と1冊の短編集を出版した。氏の作品は高校の教科書にも収録され、またPC向けのオンラインゲームも作られて世界的な人気を博した。日本、台湾、中国でも翻訳が出版されて100万部以上の売り上げを達成し、映画制作会社が版権を購入、制作準備がすすんでいる。2016年にはモバイル向けソーシャルゲーム「ドラゴンラージャM」がリリース、Googleベストセラーにランクインするなど、大きな成功を収めており、2018年にも3種類の「ドラゴンラージャ」ゲームがリリース予定。

 

10年ぶりに披露される長編小説『オーバー・ザ・チョイス』は、2018年初頭、ファングムガジ(黄金枝※出版社)のオンライン小説プラットフォームであるBritGの正式オープンにあわせて独占連載、同年夏に書籍として出版予定である。現在BritGでは、「オーバー・ザ・ホライゾン」、「オーバー・ザ・ネビュラ」、「オーバー・ザ・ミスト」など連作短編小説が順に連載されている。

 

 

 

あらすじ

一人の子供が、友達と遊んでいるうちに廃鉱の換気口に落ちてしまうという事件が起こる。保安官補のティール・ストライクや大人たちは協力して子供を救助しようとするが、結局、子供は十一日後に冷たい遺体となって地上にあがってくる。子供の死を信じられない親を慰めるための騒ぎが起きるなか、偶然にも馬車の事故現場を発見することに。ティールは現場で、死んだ八頭の馬、男女二人の遺体、そして生存者一人を発見する。身元のわからない生存者はデンワードという名の少年で、ティールは、彼と死亡した一行が王国の重大な目的のためにここに来たと推測する。そんな中、死んだ子供の母が服毒するが命を救われるという出来事が起きる。彼女は目を覚ましたあと、自分の子供がよみがえる方法があると言って騒動を起こし……。

 

 


元記事

ファングムガジ(出版社)公式プレス
[보도] 한국 판타지 소설의 거장, 이영도 10년 만의 귀환 

britg.kr